太陽と月と星と地球とともに...
by fuwahiroshi
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再考察:「や・つ・し」
建築とは、前向きな行為ですので、ついつい精神論じみてしまいますが、ご勘弁を。

以前、当ブログでも触れましたが、
あらためて
日本語の「や・つ・し」「や・つ・す」に触れます。

◎想々:「や・つ・し」
http://fuwahirosi.exblog.jp/14882103/


これに、少し加えたり引いたりして、考察しなおしたい。



「やつし」という日本語は、なかなか耳慣れないかもしれない。
「やつす」ともいう。

尊敬する友達が教えてくれた言葉だ。


辞書を引くと、色々出てくるが、

「やつし」とは、
  「豊かで美しいものや氣高い精神が、あえて簡素に貧しく姿をかえること」
  「高貴なものが、あえて質素な形をとること」
のようだ・・・

例えば、
○演劇技法・・・「水戸黄門」「遠山の金さん」など、
        いわば高貴なものが、あえて世俗の世界に身を置く。
        このことを「身をやつす」と言い,
        このギャップが痛快なドラマとなっている・・・

○枯山水・・・大宇宙を数個の石や砂を用いて庭に縮図化した「やつし」の姿。

○生け花・・・僅かな花を僅かな空間に存在させた「やつし」の姿

○盆栽・・・風格ある樹を縮小化した「やつし」の姿

○侘び茶・・・あえて草庵の貧しい風情、これを厳しい目で創り上げた「やつし」の姿

などなど・・・

つまり
「やつし」は、「日本人の美意識」である・・・


さて、
では、なぜ、日本人の美意識を「や・つ・し」と発音するのか?
   なぜ、「や・つ・し」という「音」が「敢えて簡素に質素に見せること、縮図化すること」を指すのか?
   
  
実は、
やまとことば、
つまり50音それぞれの響きがもともと持つ意味に照らし合わせて解くとみえてくる。


まず一音ずつ、その音の響きのもつ意味を解いていく。

●や・・・強い神力 止まる力
●つ・・・星 細胞 起点 
●し・・・凝縮

●や・・・強い神力 止まる力
●つ・・・星 細胞 起点 
●す・・・絶対神力 中を真空にする

ということになります。


まとめると
「やつし」という音の響きの中には

  「目に見えない強い力を、細胞一つ一つにまで、そしてその起点に近づけるところまで 凝縮すること、絶対的なものにすること、真空にする事ですべてを惹き付ける」

という響きが入っていることがわかる。

その「凝縮」する「術」「仕事」には「厳しさ」があり、その厳しさの中に美しさを見出すということも容易に想像できる。


さて、次に、
なぜ、「や・つ・し」が日本人の美意識の中枢にあるのか?
それには、「真空」の解釈に以下を付け加えて考えたい。

●科学者が実験等をする
 ----真空管作成
  ------真空ポンプ作動
    -----真空度が次第に変化する
     ------変わる「真空度」によって創り出される物(世界)が様々に変わる・・・



インド人はゼロを発明したと言うのであれば、日本人は「真空」を発明したと言いたい。
発明したというより、元来、日本人は真空体としての存在である。
なぜなら、誰がなんと言おうと、我々日本人は「真空体」である天皇陛下を中心として生きてきた民族であるからである。
天皇陛下は、「真空体」だから、年越しのご祭祀で夜通しすべての国民のすべての罪障を一身に引き受け、
新しい年の日の出を願う祈りを捧げることができる。


西洋人はミニマルを発明したかもしれないが、そういうわけで
日本人は「やつし」を発明する体質にあったのだ。

(余談だが、西洋にみるミニマルは、
 人間性を否定する極限まで
 とにかく削ぎ落とすところまで削ぎ落とすような、感じがする・・・)



さて、話を戻すと、
墨絵でも、能でも、「間」がある。
産まれたその「間」という「真空」に吸込まれる様に
「表現者と観覧者が入れ替わり、観る者が表現者」になる。




  『表現者として、創造者として生き続けたい、
    そして
     お互いそう生きて欲しい、そう生きようじゃないか、という日本人の心根・・・』

西洋人は、ものを誉める時に「センスがいいね」とか、「good quality of sense」と言うが、
日本人は、「心根がいいね」と誉める。
「グッド センス オブ 心根」などと、心根に「quality」なんて言葉をつけない。


そんな
創造人日本人の奥深さを感じる事のできる「や・つ・し」という日本語。
創造に際して、考察に飽く事のないテーマである。

これだけ、素晴らしい最適化を図ってきたご先祖様の智慧に感謝しつつ。
建主とともに現代に生きる小生、
さらにもう一歩踏み込んだ「や・つ・し」を表現したい、と想々・・・



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by fuwahiroshi | 2014-10-30 20:55 | 想々
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