太陽と月と星と地球とともに...
by fuwahiroshi
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左官でつくる家具

左官で家具を造りました。

造ってみたあとに思いましたが、「左官を取り入れた家具」はありそうで、ないですね。

空間のコンプレッションがかかって、落ち着きます。
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# by fuwahiroshi | 2016-08-27 19:33 | 作品
お盆、お彼岸について
この頃になりますと、お盆休みはいつからになりますか?などという会話が飛び交います。

以下、お盆(お彼岸)について、私の知るところを述べます。

●一体、お盆とはいつなのでしょうか?

それは、旧暦の7月の満月の日です。
今年、平成28年は、太陽暦で言いますと8月18日です。


●お盆祀りとは一体なんなのでしょうか?

立秋の日のあと、お米の収穫の実りに向かって行く満月にお祈りして、亡くなった人が幸せな死後の世界でありますようにと願うのがお盆祀りです。
夏のお彼岸(お盆)は、「お月さまのお祀り」でした。


日本にはもう一つお彼岸がありまして、春分の日、秋分の日です。
太陽が真東から昇り真西に沈む日ですね。
春と秋のお彼岸は、「お日さまのお祀り」でした。
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# by fuwahiroshi | 2016-08-18 19:19 | 想々
左官:時事刻々といざなう・・・
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刻々と移り変わる季節・気候・太陽と月明かり・・・。
刻々と移り変わる光と湿気・・・。

それらを目から感じとるのに、庭はもちろんですが、左官もいい・・・。



左官は「光の表現」です。
光の内包する「やわらかさ・あたたかさ・さわやかさなど」を表現します。



左官は「色気の表現」です。
湿度感、触感、空気感・・・
その質感は五感で一番敏感な「肌感覚」に直接訴えかけてきます。




季節ごと・天候ごと・太陽と月の運行で、その光と色気と湿気が「時事刻々」と変化します。
刹那的であるがゆえに、左官は「美意識の世界へといざなう」。
理屈を超えた世界であります。
なにもしなければ、ただただ減っていく時間の中、この世界を堪能するのとしないのでは雲泥の差があります。


今、施工中の現場と最近竣工した現場の左官写真です。




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# by fuwahiroshi | 2016-03-25 02:59 | 作品
節司(せっし)という職
僕は、
「建築家」をという肩書きをやめ、「節司(せっし)」とすることにしました。



建築という言葉は、実はまだ新しい言葉・・・
お叱りを恐れずにあえて言いますが、西洋文化に迎合し、architectを「建築家」としたのは我が国の歴史・価値観・自尊心を捨てたという意味においてある種の罪だったのかもしれないと考えている。

本来constructionの意である「建築」という言葉が、先に立ち過ぎた結果、本来「庭に住む」だったはずのものが、いつのまにか「家に住む」となってしまい、身のまわりから庭や植物が消えていったのではないかと思う。

僕らは言葉から逃れられないから、言葉は大切なのである。

これからの時代、もはや「建築家」という言葉を変えたらどうだろうか、と思う。
僕は日本では、「建築家」という言葉は過去のものとして葬り、これからは「節司(せっし)」と呼ぶのが相応しいと考える。

「節司(せっし)」とは「季節を司る職」のことを指す言葉として、体の中にすーっと舞い降りてきた言葉であり、その後、体の底からイメージと力が湧き上がる泉となった言葉です。

施主のみならず、仲間のアーティストや作家さんや職人や庭師などと「節司(せっし)」についての話をしてみると、大変盛り上がる。

言葉一つで大変盛り上がるのである。

辞書にも載ってない言葉であるが、日本では家屋に携わる人々は本来「節司(せっし)」だったのではないかと想う・・・。





ここで同じ「司」が付く職業を眺めてみましょう。

・宮司(ぐうじ)は祭祀を司る職。お宮に司り、お宮さんのために、姿を消す職業。
・行司(ぎょうじ)は相撲の勝敗を司る職で、俺が俺がとは言わない職業。
・司会(しかい)は会の進行を司る職。でしゃばり過ぎると煙たがられる職業。

実は「司」が付く職業とは、「なにかのために姿を消す」職業でありました。
建築家がこの意識に欠けてきたため、街には俺が俺がとでしゃばる建物が溢れ、庭も植物もどこかへ追いやられてしまい、季節を感じない街となってしまいました。。。




我が国は、お月様の恵みで「二十四節気」というように四季が豊かであります。
昨年から日本全国で季節がはっきりとしはじめております。

屋敷には「庭屋一如」と申しまして、「庭と家屋としつらえ」が一体となる、本来そういう理想があります。

家屋は、その理想の一端を担います。
しかし建築家が「屋敷」という概念を忘れた結果、街並みから「庭」が消え、「しつらえ」は息絶え絶えで、歩いても季節を感じない街を作ってきてしまいました。

理想の街並みの形成には「屋敷」を設計する職、つまり「造家と作庭としつらえ」を総合する職が必要だったのです。その職のことを勝手に「節司(せっし)」と名付けることとしました。


「季節を司る者には、季節に己を捧げ、己の姿を消す、そのような厳しさ」も求められます。
宮司しかり、行司しかり、
己を捧げ、己を消します、そして厳しさがあります・・・・。

節司も厳しく己を消す事で、屋敷の主人に表現者として生きる「間」を与える事に専念できます。

「造家と作庭としつらえ」を含んだ職としての「節司(せっし)」・・・。
昨年から季節がはっきりとしてきた我が国に、今後「必要な職」と想々・・・


遠くない将来、建築学だけでなく「節司学」という学問を学ぶ学生達が世に出てくる事が、僕にとって我が国の希望の一つであります。


「節司学」には、様々なアーティストや作家さん・庭師・職人・山師・材料屋・道具屋・・・などの先生方が入りこんでくることになります。
楽しそうな学科ですね。ぜひ通ってみたいものです。



日本語の一音一音のもつ響きで解いても
●せ:生命の営み
●つ:星 細胞 起点
●し:凝縮
ですので
「せ・つ・し」とは「生命の営みの中で、星、細胞、その起点を凝縮すること」となるのでしょう。


「司」がつく「職」に付く方々にあらためて感服いたします。
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# by fuwahiroshi | 2016-03-25 01:57 | 想々
「本来」という言葉・・・
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結局は、どんな理屈よりも感覚である・・・。
カッコイイ!とか、なんか好きとか、元気になっちゃうとか、ん〜氣持ちいいとか、なんか落ち着くとか、なんか嫌だとか、あたたかいとか、やわらかいとか、いい質感とか、いい匂いとか、いい色彩とムラだとか、いい音だとか、いい光だとか、いい陽だとか、いい風だとか・・・。
つまり、ものの善し悪しなどの「決断を下す」のは体感覚である。


一方、「判断の基準」は頭脳でつくっていたりもする。見えてこなかったり、気づかなかったりするけれど、「決断の土台」となっているのではないかと、と考えている。
ですので、今回は「言葉」について、すこし想々・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーー
  「本来・・・」

   好きな言葉だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

本当とか、本物とか、真実とかいう言葉よりも「根元的で絶対的で」でルーツを感じる。
そもそも、ルーツがわからなきゃ、ルーツを感覚しなきゃ、本当は何?とか、本物は何?とか、真実は何?とか、言えないんだと思う。


言葉とは無縁でいられない中、
言葉が本来持つ意味を知るのに、どういたしましょうか?


小生は
日本語の一音一音の響きが本来もつ意味から言葉を解釈することで
「その言葉のもつ本来の意味は何なのか?ルーツは何なのか?なぜ、我々の遠い御先祖様はなぜそういう発音で、そういう言葉で呼ぶようになったのか?そしてなぜ使い続け現代まで残ったのか?我々が今使っている言葉は、遠い将来まで残っているのであろうか?」を自分なりにはっきりさせはじめることになっていた。

ものづくりにおいて、概念から形式を組立てるということは、言葉の「本来」の意味を捉えないと成就しないのだから、ごく自然なことであった。


 とにかく、ルーツが分かれば、ぶれない。
 自分の根っこからカッコイイとか、落ち着くなあと感じているのであれば、ぶれない。
 あとはそこに対してみんなあきらめないだけ。
 根無しで、形式ばかり追ってしまったら、頭の中は、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
 ぶれぶれである・・・。。


日本語の一音一音のもつ響きから言葉を解釈するとは具体的にどういうことかというと、
例えば、設計を「せ・つ・け・い」と分けて、
それぞれ日本語の一音一音の響きがもつ「本来」の意味を整理してみる。

●せ:生命の営み 勾玉の音
●つ:星 細胞 起点
●け:食べる 生きもの 育成力
●い:集める 集まる

とすると、設計とは本来なにかが分かってくる・・・。
つまり、設計という言葉の本来の意味は「生命の営みの起点となるように必要な育成力を集め、そして育成力や人などが自然と集まるようにすることである」となる。



同様に
「家屋」
●か:隠された世界
●お:全て 全力 無から有へ 一つに引き締める
●く:組立てる 組織 不思議 虚空体

とすると、家屋とは本来なにかがわかってくる。
家屋という言葉の本来の意味は「隠された世界を全て、無から有へ一つに引き締め組立てたもの、そういう不思議なもの」ということになる。




「部屋」
●へ:閉じる 一面が凡ゆる所へ
●や:強い力 止まる力

部屋とは、本来、「肉体を閉じ込めるが、同時に精神を無限に解放するという強い力、そういう芸当が宿る空間のこと」といえるでしょう。



「和室」
●わ:心波 結ぶ心 間を取る
●し:凝縮
●つ:星 細胞 起点

和室とは、本来、「人と人、人ともの、ものとものを結ぶ心が凝縮する起点となる空間のこと」となるのでしょう




「庭」
●に:心 心波 意志
●わ:心波 結ぶ心 間を取る

庭とは、本来、「心を結ぶ心。つまり、際限のない空間のこと」でしょう。




「門」
●も:未来への希望 思いが波打つ 魂が憑る
●ん:凡ゆる世界や立場が渾然とする 一体化

門は、本来「人の呼吸と同じように想いや希望や活力の出入り口であり、人生模様を表す空間のこと」でしょう。




「屋敷」
●や:強い神力 止まる力
●し:凝縮
●き:氣 天結ぶ力

屋敷とは、本来「門・庭・家屋というそれぞれの強い力が凝縮し、天に結ぶ力となって、住む人の運命を切り開く空間のこと」となる



「土地」
●と:力の充実 ポイント 内容によって変化する鏡
●ち:天の氣 玉憑 生命力

土地とは、本来「力が充実する場所であり、内容によって変化する鏡のことであり、生命力であるので、人の運命に大きく関わる場所のこと」であるので、土地の使い方や土地に対する礼儀が大切となる。
地鎮祭は土地に対する最初の礼儀である。




  言葉とは無縁でいられない

  「本来は何なのか?」

   知って、人とものを見つめたいと思います。

   そして、最後の決断は、体感覚がする・・・。


以下の過去ブログでも音の響きから捉えています。参考までに2例とりあげます。
http://fuwahirosi.exblog.jp/16036545/
http://fuwahirosi.exblog.jp/22507597/
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# by fuwahiroshi | 2016-03-17 23:33 | 想々
新国立競技場に聖火台がないことが発覚・・・
新国立競技場に聖火台がないことが発覚・・・
そんなニュースを友人から聞いた。
そんなに驚かなかった。
コンペの発表を見た時に聖火台が見えなかったし、
聖火台の設置を想定していたとしても、どの道、飾り程度の扱いであろうと思っていたからである。

ご興味がありましたら、小生が、昨年(平成27年)の8月にブログに発表した新生国立競技場の案を今一度読み返していただきたい。

現在、建築デザインの業界が抱えている、あるいは抱えているとすら気づいていない問題の一面を感じてもらえるはずです。
建築が「本来持つ」ものを感じてもらえるはずです。


管見(其の一):“新生”国立競技場について(概念編)
http://fuwahirosi.exblog.jp/21461168/


「管見(其の二):“新生”国立競技場について(デザイン編)」
http://fuwahirosi.exblog.jp/21529717/


「管見(其の三):“新生”国立競技場について(工事過程編)」
http://fuwahirosi.exblog.jp/21592179/


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# by fuwahiroshi | 2016-03-05 13:38 | 作品
どこまでも走らせてくれる「素材」と「仕上げ」探し
大切なこと

それは、施主と一緒に組立てていった「概念(コンセプト)」をどこまでも走らせてくれる「素材」そして「仕上げ」と出逢うことです。

納得する素材や仕上げに出逢うために 奔走する時間のほうが 机に向かって図面を描いている時間よりも長くて良いのだと思います。

施主は もの をのぞみます。 図面をのぞんでいる訳ではないのです。
我々は もの をつくるひと。

当たり前のこと。 
でも 今 忘れかけられている 大切な事と想々・・・。


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# by fuwahiroshi | 2016-02-27 12:25 | 想々
草花の輝きを消さない
草花にはけっして 強いスポットライト を 人工的に当ててはならない
人工的な明かりは 弱ければ弱いほど いい

月明かりの下 のような 
そんな あかり がいい・・・

そのほうが 一輪の花のもつ 健気さ をより一層をみせてくれる

輝いているものに 外から余計な光を当てると 本来の輝きがみえなくなるのだと想々・・・

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# by fuwahiroshi | 2016-02-27 11:55 | 作品
冷めないものを ただ 残したく 手をつかう・・・

手にはできて  機械にはできないこととはなんでしょうか?

それは 冷めないものをつくることです。

      冷めないものを ただ 残したく 手をつかう・・・


古材はクセがあり 扱いにくく 職人泣かせです。

風雨太陽に晒され続け、枯れていった古材というのは、もともとその木がもつ特徴というものが表に現れてくるからです。

それは ねじれ、反り、むくり、ささくれ、割れ、節あな・・・など、さまざまな特徴があります。

人と同じで、 それぞれの「くせ 特徴」の乗り越え方が「個性」となって現れます。

素材も「くせ 特徴」をやさしく感じるほうへ あたたかく感じるほうへ  気持ちよく感じるほうへ 手を加えていくことを心掛けました。

毎回 各職人には、多大なるご理解とご高配を賜りまして、誠に感謝しております。
ありがとうございます。


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# by fuwahiroshi | 2016-02-27 11:08 | 作品
枯れ和室・・・・ そして 一雫の潤い・・・
あらためて 「管見:庭のある和室という部屋」を整理すると、
「浮世で付いた心の塵をなどちらすらん」の空間ではなく
「むしろ浮世で積もった塵なんぞ そのままで良い 浮世で枯れた泉よ甦り給え・・・」の空間のことであると想々・・・

今回の立地はある場末の一角 いまも戦後60余年を見守り続けている街・・・
この立地を鑑み 以下のように概念を組立てることととしました・・・


枯れ和室


「一雫の潤いが誘い水となって 己が眼を潤す これぞ 場末の使命・・・
 
 誰もが氣に留めない その風雨太陽にさらされた古木・・・ 
 それは「枯れ」もいいところである

 誰もが気に留めない 一輪の雑草花・・・ 
 大地から天に向かって湧いた一雫の「うるおい」である

 徹底的に枯れた空間の中で呼吸し続ける一雫の潤いに身も心も溶かすと
 閉じた瞼の裏には その景色が宿り 
 明くる日も またその明くる日も あなたに潤いを与え続け
 きっと あなたの泉は甦ることでしょう・・・」


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# by fuwahiroshi | 2016-02-27 10:43 | 作品
管見:庭のある和室という部屋
現在、場末と云われるある一角に「4畳半の和室」施工中です。

どうも現場にいないと心配というか、でも、ただいるだけだと体がうずいてしまう。
で、やはり手を動かしたくなってしまします。

今回は、現場で大工として仕事もさせていただく機会を心より感謝申し上げます。

現場では職人たちとの信頼関係が大切です。
それは一朝一夕とはいきません。
長い時間をかけてここまでこれたのだと思っておりおます。
職人との信頼関係は現場でしか、培われません。
これこそが、もの出来の善し悪しを分けます。


さて
今回の現場の「管見」を記します。




      下写真:施工中の「床柱と床板の納まり」
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  「管見:庭のある和室という部屋」




形式からではなく、概念から組立てます


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1)まず、そもそも「部屋」とはなんでしょうか?

音の響きで読むと
・へ=閉じる 一面があらゆるところへ
・や=強い神力 止まる力
ですので
・へや=「強い神力を閉じること」
と解く事ができます

つまり「部屋」とは
肉体を閉じ込めつつ それでいて精神をどこまでも開放する・・・
そういう芸当が宿る空間のことであります




2)次に、そもそも「和室」とはなんでしょうか?

音の響きで読むと
・わ=心波 むすぶ心 間を取る
・し=凝縮
・つ=星 細胞 起点
ですので
・わしつ=「むすぶ心が凝縮する起点」
と解く事ができます

つまり「和室」とは、
人と人の心を結ぶ一点が凝縮された空間の事です。

「むすぶ」といいますが、「音」は「水」と「風」が結ばないと音になりません。
喉に潤いがなければ、息がでるだけで 声は出ません。  
つまり「むすぶ」ためには「潤い」が欠かせません。


         

3)最後に、そもそも「庭」とはなんでしょうか?

音の響きで読むと
・に=心 心波 意志
・わ=心波 むすぶ心 間を取る
ですので
・にわ=「心をむすぶ心」
と解く事ができます

つまり「庭」とは 終わりのない・際限のない空間のことであります。

===========================================

1)〜3)を整理できて、初めて、真剣に、真面目に「庭のある和室という部屋」について
考える氣が起こるでしょう。
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# by fuwahiroshi | 2016-02-22 00:23 | 作品
師範のお話に想ふ
今日は美剣体道の稽古。
そこでお聞かせ戴いた師範のお話。


スポーツは、相手に勝つと「おめでとう」と言われる世界。

一方、
武道とは、相手に勝っても「おめでとう」と言われない世界。
なぜなら、武道で勝つ=相手の死を意味するからである。
そういう意味で、武道の稽古は「後ろめたさ」を常に感じながらのものであるという・・・・

武道は「おめでとう」の代わりに「家族や国を守ってくれて有難う」とは言われる世界ではあると・・・。
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# by fuwahiroshi | 2016-02-15 22:34 | 想々
落成祭
先達て、完成しておりました家屋の落成祭を執り行ないました。

楽制裁の本義については、以前のブログで申し上げさせていただいております。
「落成祭の本義について」
http://fuwahirosi.exblog.jp/16838697/


お施主さんの趣味がよくでている家屋となりました。

1階部分は、多目的室として壁一面を「ミラー貼り」にしてあります。
フラダンスの教室から講演会からアロマ教室、そして英会話などのスペースとして貸し出し、地域のコミュニティ形成の一役を担っているようです。

家屋建立の際、このような「貸し出し空間」を備えておく事は、良いことと思いませんか?
もしくは、将来そのようにリフォームできるようにしておくことは、良いことと思いませんか?




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ミラーが壁一面。黒板があったり、本棚があったり。
今日は講演会の模様です。








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エントランス横には受付とソファ。







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左官ならではの「R」の開口は柔らかく、ほっとします。







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洗面台の下にはネコのトイレを。洗面台の中に換気扇が付いております。



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扉にはネコの出入り口。



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奥行き1間のインナーバルコニー






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住宅密集地のため、高窓を多用し明るく。







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落成祭の神座
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# by fuwahiroshi | 2016-01-16 15:25 | 作品
庭に住もう・・・
 
本来、日本家屋の本当の良さは
「内に居ながら、外を感じること」
である。

現代人は
「家」に住むと思いがちであるが、本来「庭」に住むという感性を持ち合わせている我が民族。

一部屋でもそのような「庭に住む」という感覚を持ち合わせた部屋のある家屋に住み、
屋敷を調え、心身を調えたいものである。

ですので、今後、家屋の設計は、「庭師」とともに行いたいと考えおります。


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# by fuwahiroshi | 2015-12-26 16:01 | 作品
樹への禮儀・・・:切り旬と乾燥方法など
樹齢何十年という樹が倒れるときの音をお聞きになった事はありますでしょうか?
様々な感情も産まる中々言葉では言い表すことのできない音です。
ただ言える事は、
伐採に立ち会うと「樹を良い形で使う事が大切な禮儀」と感じることです。

樹齢何十年何百年と培ってきた樹を良い木材として家屋に活かすために、
長野某所で樹の伐採をして参りました。

ところで
「良い木材」とはどういうものでしょうか?

それは
1)割れにくい、曲がりにくい、ねじれにくい
2)粘りがある
3)腐りにくい、カビが生えにくい、雑菌が湧きにくい
4)木肌の色艶が美しい
5)香りが豊か

そのために、樹を伐採する時期、樹を倒す方向、樹の乾燥の技術などの「智慧」があります。
樹々に対する「禮儀」とも言えます。
なんにおいても「時・処・位」というものがあるように、
良い木材として、樹を伐採するにも「時・処・位」があります。
国土が育てた樹々を良い木材として活用するための一端をご紹介します。

 其の一)切り旬について
   11月、12月、1月の新月の直前の数日間に伐採する。
   今回は新月の3日前に伐採しました。
   新月の直前は、水が比較的下がっているため、導管に水分および養分が少ない。
   そのため、乾燥時、木が割れにくく、カビが生えにくく、腐りにくい。

 其の二)乾燥方法について.1
   枝葉をつけたまま、春まで「葉枯らし乾燥」する。
   すると、導管内に残った水分および栄養分を葉っぱがもっていく。

 其の三)乾燥方法について.2
   製材後は、日さらし風さらしでないところで、天然乾燥する。
   製材後、強い陽や強い風に当てると表面乾燥のみが進み、割れの原因となる。
   外面も内側もゆっくり乾かしていくのがよい。

以上がすべてではありませんが、先人から伝わる智慧の一端であります。
先人が、商売のために行ってきたことではなく、樹に対する「禮儀」、樹を大切に使いたいという「心」として行ってきた事と思っております。

家屋のためにも、住む人のためにも「良い木材」は大切な要素と考えておりますので、
設計と併せて、樹の伐採からできる体制でおります。

来年早々の新月直前にも、伐採を行います。

家屋建立において樹の伐採から立ち会えることは、とても素晴らしい経験と思います。
このような試みが、さらに全国に広がっていく事を祈ります。


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山の勾配や搬出の条件に見合ったので、「谷側」に倒した。



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年輪を数える
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トレーサビリティを確保するために「伐採場所、伐採時期、倒方向、伐採者、現認者、樹種、樹齢、長さ、太さなど」を記録する



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倒したときの「勾配」も記録する。



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夕日と山々



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朝日があたった山々
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# by fuwahiroshi | 2015-12-22 14:41 | フィールドワーク
伝統構法:構造見学会のご案内

先日、上棟しました家屋の構造見学会を行います。

東京都世田谷区に、東京の職人達と、東京多摩産の木を使って、
伝統木造家屋の工事の進行中です。

1)大工による手刻み&手加工
2)渡りあご構法
3)貫構法
4)梁の継手=追掛け大栓
5)軒は深く、軒裏は木現し
6)漆喰の真壁
7)無垢床材
8)木製建具&格子

下に添付しましたご案内の通りご希望の方はご連絡を戴ければ現場住所をお知らせいたします。

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# by fuwahiroshi | 2015-10-13 14:47 | 作品
成城の家:上棟祭祀
東京多摩産の木材を使って、東京の大工達(株式会社 健組)と伝統木構法の家屋の上棟を行いました。木の特性を活かした家屋は美しく清々しいものです。

我々日本人の多くは日本国に生まれながら、なぜ伝統木造の家屋に住まないのだろうか・・・、
他の構法と比べて高いというのであれば工夫して小さい家屋にし、庭を大きくしても良いのではないだろうか・・・
人間が歳を重ねるにつれて落ち着ける家屋のほうが幸せなのではないか・・・と想う。

小生も遠回りをしましたが、この道に巡り会えたことを有難く思っております。


1)大工による手刻み&手加工
2)渡りあご構法
3)貫構法、長ホゾ込栓
4)梁の継手=追掛け大栓
5)軒裏は木現し
6)漆喰の真壁
7)無垢床材
8)木製建具&格子


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上棟式祭壇。



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貫が水平に走る。応力を分散する先人の智慧。



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角柱は、6寸柱。




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通し貫の継手。柱の中でかむように刻んでいます。




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お天気に恵まれました。




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渡り顎。長ほぞ込み栓。




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梁の継手。
追っ掛け大栓。




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空に映えます。





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棟木を納めております。




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上棟いたしました。
清々しいものです。この機会に逢い奉ることを慶びます。ありがとうございます。
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# by fuwahiroshi | 2015-09-19 20:21 | 作品
「管見(其の三):“新生”国立競技場について(工事過程編)」
 






         管見(其の三):工事過程編 “見せて魅せる”
                    




    
           
        不破博志一級建築士事務所 東京都知事登録 第54998号
             一級建築士 不破博志 大臣登録 第331569号







         『“新生”国立競技場:見せて魅せる工事過程』


「見せて魅せる」とは『シンプルなものは造る過程も美しいということ』であります。

東京タワー、スカイツリーなどは必然的にそのような「見せて魅せる」という工事過程を通りましたが、今回あえて「見せて魅せる」を提言するのは、お迎えする立場の我が国民が一丸となりやすいだけでなく、海外から見ても、我が国民が一丸となっていることを感じていただけると考えるからです。


まずは、観客席および屋根をイメージして申し上げますと、我が国の「見せて魅せる」は構造美からのアプローチとなる為、自ずと目が洗われるデザインとなり、伝統木構造にみられる「構造即意匠という我が国の建築美」の新たな1ページを開いていく気概が産まれるはずであります。

次に「レガシー(遺産)となる部分」の「見せて魅せる」についてもご提案させていただきます。
アスリートのアプローチと聖火台は、管見(其の二)でも記した通り、この競技場デザインの「背骨」であり、「遺産」として、永代に渡って遺す(のこす)部分であります。
そのため、保存修復が可能な事が証明されている我が国の伝統構法を基本に据えております。

①アスリートのアプローチは、石積み・石垣が良いと考えております。
神宮の森が競技場に吸込まれる部分でもありますので、神宮の森と相性の良い伝統工法として、石積み・石垣を提案します。
石積み工事中、職人には法被(はっぴ)を着ていただき、石を積んでいる様子や進捗具合をメディアや現場で披露することができますと、現場が活気づくと考えます。


②聖火台を支える部分は、伝統木構造が良いと考えます。
伝統木構造の聖火台は、おそらく史上最高の部類に入る高さとなりますので
「先人の智慧と現代の技術力の詰まった日本の伝統木構造」となり、日本人にとっても新しい挑戦となると考えます。
上棟の様子を映像配信も含め可視化します。最先端の伝統木構造に支えられて「燃えあがる聖火」をみる日が待ち遠しくなる方が増えることが期待できると存じます。




● 結び

再コンペの「業務要求水準書」を見ますと、国交省の技術提案入札ですので、今回の提案書作成の主題は、デザインよりも、工期・予算であります。時間的制限も加味しますと、現実的には、点数獲得の為の提案書作成に習熟し、常に高得点を出して多くの案件を受注している大手ゼネコンが絶対の中心軸です。ですので、もしも有名建築家と協働の場合「そのビッグネームとなるべくお金のかからない表層のデザインだけ」を求めることになってしまうのかも知れませんが、我が国らしさのある賢明な案がでることを切に願います。

そもそも「胸を張る」展開ではありませんが、少なくとも我が国民が「気を張る」展開、そして自然と国民世論からの後押しがうまれる展開を産む事業となることを切に願います。




最後までご高覧いただきましたこと、御礼申し上げます。
稚拙で不躾な文章はお許しくださいますと幸いです。
有難う御座いました。
                                 
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# by fuwahiroshi | 2015-09-02 21:04 | 想々
「管見(其の二):“新生”国立競技場について(デザイン編)」
 




                                


   「管見(其の二):デザイン編 “遺し方(のこしかた)のデザイン”」

  





         不破博志一級建築士事務所 東京都知事登録 第54998号
              一級建築士 不破博志 大臣登録 第331569号

 





      『“新生”国立競技場 :“レガシー(遺産)へのデザイン論”』


「管見(其の二)“遺し方(のこしかた)のデザイン”」は
「遺す(のこす)部分とその時代時代に委ねる部分とを立て分けて考える」というデザイン論です。


まず、
「奉納の精神」を形にした部分を「レガシー(遺産)」とし、「奉納の精神」を形にするために「聖火台とアスリートのアプローチの関係性と方角」に着目いたしました。
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神宮の森が吸込まれるように競技場の中へと入っていく、まるで「参道」のような佇まいの「アプローチ」を設けます。神宮の森と一体となったこのアプローチを通り、アスリートは聖火台(真北)へ向かって競技場に入っていきます。

このアスリートのアプローチの空間は「石垣・石積み」で造り、そして、その先にある聖火台は「伝統木構造」で造ります。共に修復保存が可能な伝統構法であります。
     
将来、訪れる国立競技場再建の際、このアプローチ部分と聖火台は、保存修復し、観客席部分はその時代のデザイン・技術力で、再建するという案です。   
遺す(のこす)部分と、その時代時代に委ねる部分を考えておく。
この方法論で、国立競技場を「五輪のレガシー(遺産)」とすることができます。 
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▲ 概念説明図
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▲観客席部分を浮かせた概念説明図
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▲ 断面概念図 (アスリートのアプローチと聖火台の関係がわかります。マラソン選手も神宮の森を抜けて、吸込まれるように競技場の中へと入っていきます
次に、聖火台の方角をアスリートのアプローチからみて「真北」にする根拠を説明いたします。

我が国では、地が受け留める天の磁氣の発生源のことを「北辰」と名付け、「北極星」を北辰の神座と拝し奉ります。ですので、神棚もこの方角にお祀りいたし、地鎮祭・上棟祭・落成祭の際も「真北」を向いて祭祀をいたします。明治神宮も「真北」に向かってご参拝いたします。
そして、地球から見て「唯一」動かない星が北極星でありますので、「世界が一つになるスポーツの祭典・聖地」に相応しい方角の決定概念であると考えます。
方角については諸説ありますが、「真北」だけは絶対であるのが、地球であります。

真北に聖火台を置く。そしてそこに向かってアスリートが競技場内へアプローチするという考え方は、我が国らしくもあり、世界の人々にとっても共感が持てる考え方であると言えます。
この配置を持つ競技場とすることは、アスリート達にとって、集中力を高め、平常心で力を充実させる競技場の要素として欠かせないと考えます。

また、我が国での体育祭・文化祭などは日頃の成果を奉納する「お祭り」であったのと同じように、古代オリンピックの起源も日々の鍛錬の成果を神々に「奉納する」ところでありました。
つまり、世界各国から見ても、この競技場の用途が「奉納の場所」であることについては違和感がなく、そもそもアスリートの価値を高める概念であると考えます。

「遊びの精神」からはじまったラグビーやサッカー等のスポーツも、この競技場で行う時は「奉納の精神」の域まで達する競技場となって欲しいと考えます。
陸上競技に限らず「新たなスポーツの聖地」となって欲しいとの願いも込めております。
「決勝戦は国立競技場でやりたい」とアスリートが思う国立競技場になることが肝心であり、
そうなることで観客も、心と体をよせやすい競技場となることを願います。

●結び
「アスリートと聖火台を結ぶ道」は、人間で言えば「背骨」に当たります。
背骨のない人間は居りません。
建物も人間と同じで、「背骨」があると息づきます。
将来、建て替えの話が出たとき、「背骨」は残して「肉体」はその時代の鍛え上げたものを建設することとします。つまり、いつの時代も「背骨」は残ったままとなりますので、その他の部分がどんなデザインでも我が国らしい息づきのある競技場となります。
これが「遺し方(のこしかた)デザイン論」です。

このように“新生”国立競技場に必要なのは
次の世代で、今回の様に議論が迷走しないように御先祖様も含めたあらゆる世代も誇れる概念を備えることであり、その結果、海外から見ても日本の「バックボーンに触れることのできる競技場」であることと考えます。



『ものづくり』と『教育』が一体化していくことこそ、我が国の「本学末学一体」の姿であります。














                                       
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# by fuwahiroshi | 2015-08-08 21:21 | 作品
管見(其の一):“新生”国立競技場について(概念編)
 





     「管見(其の一):概念編:レガシー(遺産)となるためには 」







         不破博志一級建築士事務所 東京都知事登録 第54998号
              一級建築士 不破博志 大臣登録 第331569号

 
 


                                

   『“新生”国立競技場:レガシー(遺産)となる競技場に相応しい概念』
 


国民は、特に若い人は、国際的な評価を意識した「表層の美しさだけ・奇抜さだけ・斬新さだけ」を競うコンペに興ざめしております。
どんなに素晴らしい競技場が出来たとしても、国がバラバラになってしまっては本末転倒であり、東北初め全国の被災地の新生に尽力されております方々にとっても「こころをよせやすいもの」であることが大切と考えます。
そもそも民間ではなく、国立の施設であります。

そこで、誠に僭越ではありますが、
“新”国立競技場 ならぬ “新生”国立競技場に向けた「概念」をご進言させていただきます。



● 提言
「レガシー(遺産)となる競技場に相応しい概念」


「高貴な概念を立てあえて質素にこしらえる美意識」のことを国語で「やつす」「やつし」と申します。おもてなしの精神がある茶道などにも通ずる我が国に脈打つ「美意識の真髄」です。 

そこでまず、“新生”国立競技場は、由緒ある神宮の外苑にちなんで、日本と世界の人々の鍛錬および精進を「奉納する競技場」とするという概念を立てるのが良いと考えます。
  
「奉納の精神」に焦点を当てることは、アスリートの価値を高めるだけでなく、日本と世界の子供たちにとって教育的意義もあり、スポーツの祭典・聖地にふさわしいと考えます。そもそもオリンピックの起源も「奉納の場」であったと云われております。

この「概念」は「心」をよせやすいため、建築にした場合「体」もよせやすいものとなり、アスリートおよび国民に大切にされる施設として息づくと考えます。

上記は、新国立競技場が五輪のレガシー(遺産)となるために備えるべき基本概念と考えます。 
                




※ 建築家として「建てるならばこう考える」と提案する立場であります。ご指導ご鞭撻ご批判お叱りをいただきたく存じます。









                                  
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# by fuwahiroshi | 2015-07-21 00:06 | 作品
奉納即至誠

元々、オリンピックは、
人間の肉体的鍛錬の成果を神々へ「奉納」するところにあったという。

日本でも、学校で行う「文化祭、体育祭、音楽発表会」なども、
少し前までは、よちよち歩きだった子供たちの日頃の努力の成果を「奉納」するところからはじまっている。

「学術発表会」もそうであった。
「一生懸命、研究・勉強したらこんなことが分かりました。お聞きください」
という奉納であった。


何事にも他との競争という一面もあるが、
同時に「奉納」という一面をもつことが、個々に必要なのかもしれない。

遊び・仕事のなかで切磋琢磨する中で、
この「奉納」の一面を取り戻すことで、「至誠」を自然に取り戻すのだ、と想々・・・
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# by fuwahiroshi | 2015-07-09 22:59 | 想々
恐ろしい世界

現在、手掛けている住宅の上棟式の際、
施主の父で、昭和12年生まれのお方にお会いした。
御年78歳である。

興味本位で、今の日本の現状についての感想をお尋ねすると

一言、「恐ろしい・・・」

といいますと・・・
と質問を続けると、

「昔は、手を使って一生懸命、これをこう作ったら人がどう喜んでくれるかなあ、
なんて考えながらやっていたが、今はほとんど、機械でつくってしまうんだろ・・・、恐ろしいよ」

はっとした。

小生達も、手を使って一生懸命、喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかを考えながら、
つくっているが、そうでない人のことを
              「恐ろしい」
                とまでは思ったことはなかった・・・。

人はだいたい80年くらいで生まれ変わるとお聞きしますが
生まれ変わってやってきた世界が、「恐ろしい世界」にならぬよう、
仕事をしたいと想々・・・。
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# by fuwahiroshi | 2015-07-09 22:43 | 想々
想々:余裕を持って、家を建てるということ・・・。


   庭は小さくてもよい。
   庭から考えることで、
   街に「四季を巡らせること」ができる。

   小物を選ぶということは「感性」を使うこと、
   しつらえに及ぶことで、「遊び」が産まれる。


家屋の設計を進めるとき、
まず、庭から考える。
次に、小物。
そして、しつらえにまで及びたい。
最後にこれらにふさわしい建築を考える。

  ここからまた庭に戻る・・・・。
  そして、小物、しつらえ・・・、そして建築。

家屋計画の際、
この道のりを何周もすることで、
家屋は「遊び」を内包する・・・。

  これも家屋建立の際、
  大切な心得、と想々・・・・。



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# by fuwahiroshi | 2015-05-12 21:31 | 想々
刀匠の姿勢の一端
前述の刀匠と電話で話していたときのこと・・・。

「今、どこですか?」
「東京ですか?」
と尋ねられ、そうですと答えると

「ちょうどそちらに向いて話しております」
とおっしゃられた。

思わず、こちらも、姿勢を正してしまった・・・。

あ〜、こういう方だから
まっすぐなものづくりをするのだなと、納得しました。

400km離れたところで、刀匠がこちらを向いて、電話で話しかけられていると思うと、
不思議な感覚に包まれた。


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# by fuwahiroshi | 2015-02-14 22:57 | 想々
想々:刀匠との一問一答
大変お世話になっている刀匠との一問一答。

小生「刀匠は、研ぎすまされた鋭い物をこしらえているので、常に鋭い感覚で居られるのですか?」

刀匠「わかるかなあ。どちらかというと逆だなあ。無駄に反応しないと言うか、無駄を削ぎ落とすというか、まあ、そういうこと」


どちらかというと、ぼーっとすることだよ、のような返答に、正直、驚いた。


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# by fuwahiroshi | 2015-02-04 23:57 | 想々
想々:刀匠の一言
大変御世話になっている「刀匠」からのアドバイス。

「価値がさがるもんでなくて、価値があがるもんをつくればいい」

価値には

形而上的価値=お金で計算できる価値
形而下的価値=お金で計算できない価値

があるが・・・、と思いましたが、

価値と言ったら、価値だよ、と言われそうで、
それ以上聞けませんでした。



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# by fuwahiroshi | 2015-02-04 23:44 | 想々
想々:無用の者か、それとも・・・。

クラシックカーの世界では、
エンジンや足回りを、技術の高いエンジニア、
ボディー・内装をオートクチュール。
時代を超えて価値を上げている。
時代を越えて大切にされている。


同じように、
家屋の世界でも
フレームは、世界最先端である伝統技術を駆使する日本の大工、
デザイン・内装をオートクチュール。
時代を超えて価値が上がることは明白。
時代を超えて大切にされるであろう。


現代の車で、10年以上大切にされる車は、どれだけあるだろうか・・・。
家屋についても同様で、
国土交通省が出しているデータでは、木造住宅の平均寿命は、30年程度・・・。。


さて、ここからが本論。

伝統構法の建物で100年以上もっている建物をみると
それらは、木の選定、木の組み方、屋根の勾配、軒の出、通風換気、・・・、
天災・四季など、多岐に渡る配慮に溢れるを無数の先人の智慧がつまった建物の構法・構成となっている。
日本が長年かけて、最適化されてきたものを捨てる手はない。
なによりも、伝統文化の中には、国民が幸せになる生活の智慧・先人の心根、がいっぱい詰まっている。

残るから大切にされるのではなく、
大切にされるから、残る・・・。

未来に、「クラシックハウス」としてを大切にしてくれる人達へ・・・。

人々に大切にされて、残ること。
未来、この結果がでれば、建築家の新たな形而上的価値が論じられることになるのかも知れない。

小生、ただの言論人か、無用の者か、それとも・・・。


国土が産む素材、そして肚を据えた職人とともに、
今年も、氣を引き締め、伝統木構法の家屋に取りかかります。


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# by fuwahiroshi | 2015-02-04 23:14 | 想々
想々・・・:初釜
本日、縁あって、初釜に参加させていただきました。
皆様、お茶をたしなむ方は、物腰もやわらかで所作も美しく、惚れ惚れいたしました。
毎度のことですが、自分の「がさつ」さに凹みます。

さて、一言で
「茶道は総合芸術」
あらためて認識させていただきました。

四季の中に息づく、庭と建築と人ともの・・・。
人を含む「全てへの関心と心根」が凝縮された空間と時間でありました。

「心根」といえば、
日本人は、物を誉めるときのみならず人を誉める時も「心根がいいね」といいますから
質素であろうが、煌びやかであろうが関係ないのです。
(以前、心根については、http://fuwahirosi.exblog.jp/19819511/で考察)

また余談になりますが、
「床柱と炉」の本義は、
「床柱をご神木に見立て、人が火を囲み。そこに神をお迎えする、という祭祀の一端」
と伺ったことがございます。
茶室に感じる「清々しさ」は、この概念を形式化したところにあるとも思いました。

本日は、誠に勉強になりました。
ありがとうございました。

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# by fuwahiroshi | 2015-01-25 18:50 | フィールドワーク
想々・・・:伝統木構造という仕事とは
決して懐古主義ではない。
むしろ逆である。

果たして
現在まで、累積、何億人の大工が産まれ「技」を競って、死んでいったことであろうか・・・・

現在、我々が「伝統木構造」と呼ぶ代物は、
大工達が、過去の数々の地震、台風などの「天災」と「気候」を経て残った建物に学び、参考にし、改良し続けてきた結果である。

この瞬間、木造建築に携わるということは、
その何億人もの大工達を背中に背負って、現代を切り開く「最先端に立つ」ことと同義であるはず・・・

ましてや、彼らが眠る国土、大地の上に建てるのである。


今、この視点、この立場を感覚することが大切、と想々・・・


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# by fuwahiroshi | 2015-01-23 22:50 | 想々
落成祭の本義について・・・

家屋建立に際しての、祭祀事である「地鎮祭・上棟祭・立柱祭」については、
当ブログでも、書かせていただきました。

想々:地鎮祭について
http://fuwahirosi.exblog.jp/11709792/
想々:祭祀・・・
http://fuwahirosi.exblog.jp/12979880/
土の話
http://fuwahirosi.exblog.jp/13404673/
想々:ダイコク柱=大極柱
http://fuwahirosi.exblog.jp/19727564/
想々:や・す・く・に・・・
http://fuwahirosi.exblog.jp/18130821/
想々:靖国神社について
http://fuwahirosi.exblog.jp/19243661/


今回は、家屋が完成したときに執り行ないます「落成祭」についてです。

「家が完成して、おめでとう!」ということで良いのだと思いますが、
この祭祀の本義を知った上でのほうが、おめでたさが増しますので、ここに記します。


家屋建立の際、
様々な材料が使われている中には、何処で採れたか分からぬものが沢山あります。
中には、死穢に染まった材料もありましょう。
中には、伐られてくなかった木材もありましょう。
その他その他、様々な想念を含んだ資材が組立てられ組上げられて、家屋新築でございます。

一切の資材を生き更へらせること、これが落成祭の本義でございます。
一軒の家屋という「生きもの」にして一切の資材を甦らせて参ります。
そのとき、一つ一つの材料が自分勝手な存在を主張していたら、家になりません。

あれもこれも彼も私もという様に組立てられた家屋を一瞬 
「祭祀という虚空」に置く、
そして同時に新生させる。

家屋新生に当たってどれ程の者達がその身を其処に呈供している事か、
お屋根のてっぺんから縁の下に至るまで全部 
吾が身を捨ててお役に立ってくださっているのです。

家屋新生とともに、『家族新生』なのであります。

銭金があるからというだけで、良い家屋が造られるものではありません。
こういった祭祀を通して、心を合わせ、お許しが得られてこそであります。


以上、落成祭の本義について、誠に簡単ではありますが、小生が知る所を記させていただきました。
このような事を知ることができましたことを心より感謝しております。



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# by fuwahiroshi | 2014-11-08 18:50 | 想々